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第一話 灯と刃

Author: 上守葉
last update publish date: 2025-11-30 04:16:33

 夜住よすみ、という存在が居る。

 夜住はその名の通り、日が沈んだ後に現れ、己の闇の中へ生者を飲み込んでしまう。

 全身が煤けたように真っ黒な存在である夜住は、夜闇の中に隠れて移動した。

 夜闇は世界を黒に溶け込ませ、家々の間や軒下の影──やがては、寝静まった部屋の中にまで入り込んでくる。

 そうして夜住に取り憑かれた人間は、夜住と同じように真っ黒になってしまうという。

 そうなってしまえば、どこへ消えたのかもう誰にも分からない。

 大正帝都──

 文明開化のこの時代、行方不明になる人間の大半は夜住のせいだろうと、人々は噂した。

 夜住によって食われるか、夜住に取り憑かれて徐々に黒く染まっていくか……

 帝都の人々は、夜が闇に染まらぬよう家の軒下に提灯や角灯ランタンを下げた。

 夜住よ去れと。

 夜住よ入り込むなと、行灯を絶やさず蝋燭や油は必須の品になっていった。

 人々が灯すその灯りは、絶えることなく、夜の街を照らし続けた。

 3日に一度自ら灯りを貰いに行くのが、帝都の人々の習慣だ。

 帝都の中に巨大な居を構える4つの火族かぞく

 明神みょうじん

 御神苗おみなえ

 深神ふかみ

 神風かみて

 華族と同じ読みで違う字を与えられた特権階級的な四家。

 その名の象徴たる帝都を照らす灯りは、神の字を頂く四家によって守られ、人々に分け与えられている。

 火族から帝都を照らす灯り。

 その源は──大きな大きな、何百年と継承され続ける聖なる火種だ。

 火族四家に仕える灯守とうもりという役職の者が守る火種。

 その火種を初めて見た時の衝撃を──俺は、未だに忘れられずにいる。

「ソウくん、触ってみる?」

 まだ幼かった俺に向かって、師匠はそんな事を言いながら火種を指差した。

 彼の身長と同じくらいの大きな火は、「火種」という名にも関わらず煌々と周囲を照らしている。

 だというのに、近付いても少しも熱くはない。

 顔に近付くとほのかにあたたかいのに、囲炉裏のように近付くだけで焼かれるような痛みは少しもなかった。

 師匠は、「ソウくんだから熱くないんだよ」なんて言ったが、当時の俺にその言葉の意味はわからなくって。

 だから俺は、師匠の言葉を疑うことなく、真っ赤な炎に手を突っ込んだ。

 俺と師匠の様子を見守っていた家人たちは、俺の突然の暴挙に悲鳴をあげていた。

 でも師匠と、師匠のトコの家の爺さんだけが笑っていて。

 ──火種が熱かった、という記憶はない。

 今だって、火種の中に手をかざしていても皮膚が焼けるどころか、熱さすらも感じない。

 着物の袖を焦がす事もないこの火種が俺の手にまとわりつくように動くのが、まるで子犬のようだと思った。

宗一郎そういちろう様……明神の管轄内で夜住警報です」

「行こう。先生は?」

「灯守様は、すでにご準備されております」

「わかった」

 火種の前に置かれている刀掛けから、二本の刀を持ち上げてく。

 この火種に出会ったばかりの頃は重くて持つことも出来なかった刀も、今やすっかり腰に馴染んだ。

 しかし今はまだ、この刀はただの空っぽな器でしかない。

 俺は、家人が持ってきた外套を肩に掛けながら、先生の気配のある玄関へと向かった。

「先生」

「ソウくん。早かったねぇ」

「丁度火種のトコに居たんで。今日は、先生も来るんですか」

「うん。君の刀の調子も見たいからね」

「……外套忘れないでくださいよ」

 はいはーい、なんておちゃらけて言う白い男は、俺に刀を教えてくれたとばり先生だ。

 着物も白ければ本人も白い。

 異人としか思えない外見の先生は俺の恩人であり、俺の灯守・・・・

 火族四家の当主にのみ与えられる、ただ一人の──俺のつがいだ。

上守葉

用語集 火族:かつて存在した「華族」とは別に特別に設置された火族四家用の特別な地位。かつては五家あったという。 刀主:火族四家の当主となるべき刀の後継者。当主=刀主であり、それ以外の刀を持った者は「刀持ち」と呼ばれる。 灯守:刀主の刀に不思議な灯し火を宿すことが出来る者。刀主一人につき灯守が一人付き、その絆は死ぬまで途切れることはない。 番:刀主と灯守の繋がりを意味する言葉。伴侶や恋愛的なものを意味するものではなく、比翼と同意義のもの。

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